イタリアの気候は地中海性気候といわれるものであるが、感覚的には一年を通して日本とあまり変わらない。ただ冬が降雨期で夏は日差しがかなり強い程度である。ローマには赤松が生えており、ヨーロッパの中でも何故かホッとする国である。気候だけでなく人々が人情味あふれ温かいこともこの国の魅力である。

医療の水準は外務省の駐在医務官の話から日本や他の西欧先進国と同様に問題がないという。
しかし、公立病院では外国人でも無料かあるいは低額で治療を受けられるものの患者が多く、待たされる時間がかなり長いので日本人にとっては耐えられないかもしれない。そのうえ英語でのコミュニケーションはまず難しいと思ったほうがよい。このような時には私立病院を選ぶとよいがやはり料金は高い。従って海外旅行保険に入っていないと不都合があるかもしれない。なお、私立病院は設備、スタッフ、環境共良く、英語も通じる利点がある。また、これらの公立病院や私立病院に勤める医師の中で、時間割で個人開業するプライベートクリニックが町中にある。それらは外来診療中心で完全予約制である。ここでは、診察医療が中心で、症状によって検査や処置が必要な場合には別のところへ行って別途受診しなければならず、費用の支払いもすべて別々で面倒であり、また費用も高い。時間的に余裕のない旅行者が万一の場合には総合病院のERがお勧めできる。

日本からJ旅行社の10日間のイタリア周遊旅行に参加したT氏一家3名は、5日目にトスカーナ州のサン・ジミニャーノを訪れていた。この田園風景の美しい街のホテルで朝食が終わり部屋に戻った直後にT氏は急に激しい頭痛を訴えると共に嘔吐した。夫人と娘さんが介抱したが間もなく意識がなくなってしまった。驚いた夫人が添乗員に連絡、添乗員は公営の救急車を呼びT氏を病院に運んだ。公営の救急車は日本と同様搬送先病院の指定はできない。運ばれた病院でCTスキャンを撮った結果、主治医は脳動脈瘤が破裂し、くも膜下出血を起こしている可能性があるため至急開頭手術が必要と判断した。しかし、この病院では脳外科の専門医がおらず手術はできない。そのため30kmほど離れたシエナの病院に救急車で運ばれることになった。このときには私立の救急車で搬送先を指定できたが、救急車は公・私すべて有料である。添乗員が海外旅行保険のあることを確認して医療のための通訳を手配してくれたので、夫人とお嬢さんは大変助けられた。二人は英語が堪能であったものの、それがここでは役に立たなかったのである。T氏は救急車で正午過ぎにシエナの病院に到着した。夫人とお嬢様はタクシーで後を追った。その病院到着時には、保険会社が手配した医療通訳が既に来ていた。それから2時間半後T氏の救急処置は終わって、医師から説明があった。「脳動脈瘤の破裂であり、頭蓋内のクモ膜下血腫を脳室ドレナージで排出しているが脳の損傷が見られ生命維持に予断を許さない。」という。また二次出血の可能性もあり、低体温療法で経過観察を行うとのことであった。すぐに日本に帰れる状況ではない。(このとき保険では治療費だけでなく、付き添いの二人の滞在費や、ツアーを外れて帰国する費用が出ることを聞いて、安心した二人であった。)そこで旅行社のローマ支店にホテル手配を依頼して3日間の手配してもらっていたが間に合いそうもない。延泊しようとしたが、このときは1年前から予約している多くの観光客が世界中からシエナに集まるお祭り『パリオ』に重なっていた。このため、そのホテルでは延泊が断られた。しかし、話を聞いたホテル・フロントのマネージャーが気の毒に思いシエナ中のホテルを探してくれて、なんとか10連泊できるホテルを予約してくれた。このあたりがイタリア人の人情味というか温かさであろう。夫人とお嬢様は毎日病院に面会に行くがT氏の昏睡状態は変わらず、10分程度の面会が許されるだけで今後の見通しはたたない。保険金額も限度額が気になり始め、二人は出費を抑えるため食事もサンドウィッチやパスタで過ごした。その後お嬢様が体調を崩し夫人も仕事があるため、ふたりは一端帰国することになった。14日目に帰国されたあとT氏の容態は急に悪くなり、大腸動脈に梗塞が発生した。医師団は体力的な心配もあり、夫人の了解をファックスで取得して緊急手術を実施した。手術は成功したがその後直腸障害と腎機能不全が発生したため血液透析が行われた。それから2週間後の28日目に、医師と看護師の懸命な治療が功を奏し微熱はあるも腎機能が回復し人工透析終了となった。

そしてなんと、入院から30日目の朝、T氏は意識を回復したのであった。旅行会社のマネージャーが呼ばれ「日本語で話すように。」との医師の指示で、今の状況、助かったこと、夫人とお嬢様には意識回復を伝え大変喜ばれたこと等を説明した。その後 医師や看護師が続々とあつまり、口々に「T, Grazie a dio! (良かったね)」とか「T, Forza! (がんばれ!)」と声を掛けた。シエナの病院のスタッフ皆が長い間ずっと温かく見守り、応援していてくれたことを肌で感じたT氏であった(このときT氏は気道確保のため喉に穴が開けられており、話はできなかった)。

T氏は36日目に医師と看護師付き添いで150kgを超える医療機材と共に日本に帰国、自宅近くの病院に入院した。現在は言語障害があるもリハビリに頑張っている。主治医からは「無事に日本へ着いたかい? 病院のスタッフも皆心配しているから落ち着いたら近況を知らせてほしい。」とカードが届き、T氏ご一家はイタリア人の、ホテルマンから医師や看護師達まで全ての人々の優しさと温かさ、そして明るい中にも素晴らしい医療のレベルを持っている医師たちに感動し感謝しているという。

T氏は、治療・救援者費用保険金額2500万円で保険加入していたが、今回の支払いは23,188,474円であった。イタリアの医療レベルは先進国といわれる他の国と全く遜色ないだけでなく、却って病院等医療現場で受ける内容を総合的に比較すれば患者に優しく温かく、より良いといえるかもしれない。 


以上  

2008/10/27

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