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楽しい冬休みが一転!

Vol.1

 昨年9月からUCLAに留学したT君は、日本にいたころの自分と1年後の自分を比較し振り返って何が最も変わったか、そして成長したかを語ってくれた。学業とか英語力とか多々あるが、最も大きく変わったのは『自分の力で生きる。』意志を持ったことだという。自分が落ち込んでいても、日本にいたら親がかばってくれ、友人も優しい言葉を添えて心配してくれる。しかし、米国では自分で立ち上がらなければ何も始まらず、気を抜いていると踏みつぶされそうになるという。この環境がワールド・スタンダードであると気付いた時から新しい自分が生まれたという。この自主自立を痛切に感じた一つに冬休みの大けががあったという。

 クリスマス休暇は、それまでの3か月の間に日本の学生生活の仕方が通じないと理解し心のギヤチェンジをした後、ようやく米国流の学生生活に慣れて心の余裕ができた時期であった。T君は久しぶりに海が見たいと思い旅行代理店でホエールウォッチングのパンフレットを見つけた。LA沖で見ることができるクジラは、コククジラ(Pacific grey whale)という小型のクジラで、毎年アラスカからメキシコまでなんと2万キロを回遊するという。このサイズのクジラでこれほど長い距離を回遊するのは、コククジラだけだという。このクジラが、回遊の経路として12月末から3月にかけて、南カリフォルニア近海で見ることができる。T君はこのパッケージツアーを買った。夢中で頑張った自分へのご褒美にしようとしたのである。 ツアーの前日、奮発してCホテルに宿泊した。ホテルは日本の2DKのマンションのような部屋で非常に快適であった。翌日の土曜日にサンタモニカの隣のハーバー、「マリナデルレイ」のヨットハーバーから出ているツアーで午前10時~1時のツアーに参加した。料金は大人20ドルであった。

 冬のロサンゼルスはけっこう寒く、特に海の風はかなり冷たいので、暖かい格好で来てよかったと思ったT君であったが、実際は天候が崩れる予告でもあった。沖合に出ると、雲行きが怪しくなって風も強くなってきた。青い海が灰色になり、鉄のように暗い海面になるまでにそれほど時間はかからなかった。船が右に左にゆったりと揺れてはいたがそのまま航行すると思ったとき、右から左に大きく揺れ、乗客は左舷にざっとずれるように移動した。T君は甲板を滑るように左舷に移動し転倒した。同時に次から次から乗船客が倒れてきたため、T君は腰にギクッという強烈な衝撃が走り、下半身の感覚がなくなった。船が立ち直り、他の乗船客が笑いながら立ち上がっているが、T君は立ち上がれない。T君は近くの乗客に助けを求めた。状況を説明するとクルーを呼んでくれた。クルーは何をしてほしいのか聞いてきた。T君は下半身の感覚が無く立てないことを説明すると他のクルーを呼び、彼を船室に運んでくれた。無線で救急車を港に手配してくれた。寄港後すぐにT君は救急車で病院に運ばれた。到着後、救急車の乗員は請求書の送付先を確認ただけで帰ったが、病院ではソーシャルワーカーから保険について聞かれ、海外旅行保険の証券を見せてから治療が始まった。診察を受けたところ、第五腰椎圧迫骨折という。腰骨の骨折であった。

 携帯電話で日本の母親に状況を知らせるとひどく驚き、うろたえていた。T君は保険会社に電話をしたところ、病院のソーシャルワーカーから治療費の支払い保証の要請が既に入っていた。(治療より治療費の確保を優先する米国の病院らしい。)救急処置が済み、整復処置と胸腹部固定がなされ病室に落ち着いたT君は母校の国際交流課に電話をし、状況を報告した。大学は緊急対策本部を開設し、外部のリスクマネージャーの指導の下T君の両親と職員の3名をロサンゼルス空港に向けて救援派遣を手配し3日後出発した。T君は17日間入院の後、保険会社の手配したパラメディック付添の上、ストレッチャーで帰国搬送され、日本の病院に入院した。大学では、緊急対策本部のために加入した事故対策費用保険を初めて使用したが、職員の派遣費用や対策本部の諸費用のすべてを賄うことが出来た。また、両親の救援渡航費用とホテル代等滞在費は保険で支払われた。(ホテル宿泊費は14日分が限度である。)

 その後T君の回復は順調でしばらくはコルセットをはめていたが、リハビリで筋力強化が進み、心配された後遺障害も残さずに退院し、その後留学に復帰した。T君は緊急時でも意識がある限り本人の意思を尊重する、言い換えれば本人が要請しないと対応してくれないし、頼めばやってくれる社会が米国であると改めて認識したという。配慮と心配りと優しさの日本の温かさが外に出てかえって懐かしく理解できたという。

 解説:背骨の骨折で最も危惧するのは、脊髄損傷である。これがあると受傷部位以下に麻痺が発生し、後遺障害となる場合が多い。T君は幸運にも脊髄の圧迫があり麻痺が出ていたものの、幸いにも後遺障害に至らずに済んだものである。

                                   ※本コラムは、2004年に発表されたものを再稿したものです。

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