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海外旅行・海外留学危機管理コラム新・とらべるDEとらぶる

第4回 海外盗難事故と損害額算定

関西のある高名な医学部教授は、永年ブッシュマンの遺伝子研究をされておられた。毎年アフリカへ数か月間調査に訪れておられることは承知していた。先生によると、彼らの信仰の中に『身体の一部は髪の毛や爪の先といえども他人に渡してはならない、万一渡してしまってそれに呪いをかけられると天国に行けなくなる。』とするものがある。その環境の中で先生のお人柄から研究に協力的になる人が次第に増え、爪片や髪の毛、糞等、先生が論文を書くために必要な資料が次第に集まった。ようやく先生の長年の努力が報われたものと思われた。先生はこれらの資料を丁寧に整理して、ゼロハリバートンのアタッシュケースに保管して帰国の途に就き、大切な機内持込手荷物としてご自身で持ち込んで帰る予定であった。帰国の途中ナイロビでトランジットのためロビーで時間を潰していた先生は、アタッシュケースを脇に置いて書物を読んでいた。ふと気が付くと、なんとアタッシュケースがなくなっていた。いくら探しても見つからない。先生は、さっと血の気が引くのを感じたという。

 そこで親しい保険会社の保険金支払いを担当する部長に電話をし、対応のアドバイスを受けることにした。話を聞いた部長は、先生の研究とその資料の重要さと大切さを理解しているものの海外旅行保険の携行品特約で支払できる範囲を考えた。アタッシュケースは高価なものであり、1点あたり限度の10万円を支払えると考えたが、資料の評価には頭を抱えてしまった。学者の研究資料として大変価値のあるものであっても、保険の支払額は市場価格を元に評価・算定することになっている。泥棒も高級なアタッシュケースの中を期待して、開けてみたら、爪片や髪の毛、乾燥した人糞等であったら腰を抜かしたのではなかろうか。恐らく先生の努力の結晶はごみとして捨てられてしまったのが関の山で、保管していることは期待できない。恐らく泥棒氏の判断は市場価格に基づいているともいえる。この部長は、友人としてではなく、業務上の判断を先生に伝えた。つまり盗難事故で保険金支払いの対象となったのは、アタッシュケースだけであった。

先生は、たいへんに落胆しておられた。それは特に金銭からではなく、5年間の時間と労

力を失ったことに対してであった。


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